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こえにならない、こころのこえ

水槽が、割れた瞬間

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鯨が、目に留まるようになった。


それは、突然のことだった。
どこにいても、鯨が私の目を引く。
どこにいても、すぐに見つける。
鞄の中、服の中、絵の中。

以前は、小魚のほうが好きだった。
水族館でコンゴテトラに釘付けになっては、その尻尾やヒレの繊細さが愛おしくてため息をついた。光の屈折に酔うほどに、水槽を眺め続けた。

今は、直接出会うことのない、鯨が愛おしい。

まだ出会ったことのない、鯨。
あの大きな身体、漆黒の瞳に、出会ったならばどんな想いだろう。たまらなく、私を惹きつけるのだろう。愛おしい。想像しただけで、心が温かくて甘い液体でいっぱいになった。

コンゴテトラと比較するのはまた違う。
だが、鯨に想いを馳せることは、私の世界を大きく広げてくれた。作られた水槽の中の世界から、見たこともない青くて冷たい、けれどもたくさんの命を生み出し守る温かな大海原。
水槽に留まらなくても良いのだと、教えてくれていた。

***



そうしているうちに、ある日突然、鯨に出会った。

目が合い、話しかけられたときに、この人は鯨であると確信した。

私に広い世界を教えてくれる。
好きなように生きていいのだと教えてくれる。
心から愛おしいと思える。

私の想う、鯨そのもの。
目の前に現れたならば、これから先、私達が交わらなくとも、私の人生を大きく変えてしまうことを私は知っていた。

人生の 引き金を引く 鯨。

柔らかいその目が、笑った。
その手が私のおでこに、触れた。


水槽の中は美しい。
でももう、水槽には戻れないのだろう。